相馬市玉野地区の方々のADR申立:理由の概要

2014-10-03

第1 相馬市玉野地区について

相馬市玉野地区は,相馬市最西端に所在し,4つの行政区(玉野,東玉野,霊山,副霊山)から成る地区であるが,南側を計画的避難区域に指定され全村避難した飯館村に,西側は,特定避難勧奨地点も指定された伊達市霊山町と隣接している。
玉野地区は,四方を山々に囲まれた丘陵地から形成されており,過疎化が進んだ典型的な中山間地である。インフラ整備も十分ではなく,上水道やガスについて,一部開通していない地域が存在する。
しかしながら,これらの地区は,豊かな自然のもとに発展し,周囲の山々で山菜やきのこ等を採取し,井戸水や沢水を飲用その他生活用水として使用し,また,家庭菜園で米や各種野菜類を栽培して,生活を成立させていた。さらに,その自然を生かし,畜産業・酪農業が盛んに行われ,多くの住民が畜産・酪農業を含む第一次産業に従事していた。
地域住民は,収穫した農産物等の交換や地区の祭事等で,その結びつきを深め,濃密なコミュニティを築いてきたのである。

第2 玉野地区における放射能汚染の状況について

玉野地区は,平成23年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「本件事故」という)により放出された放射性物質により,高濃度に汚染されることとなってしまった(特に,同年3月15日夜半から16日にかけて東京電力福島第一原子力発電所3号機の水素爆発により大量に放出された放射性物質は南東の風に乗って拡散したといわれている)。
そして,文部科学省などが発表している放射線量等分布マップや土壌汚染調査等、あるいは住民自身による測定等によっても,玉野地区は,全村避難となった飯舘村や,特定避難勧奨地点が指定された伊達市霊山町石田地区と同様に,高濃度の放射性物質により汚染されている。
申立人らの多くは,農業,畜産・酪農業等に従事し,山林から山菜・キノコを採って暮らし,家庭菜園等で野菜等を育ててきた。その生活上,屋外において長時間放射線にさらされるのを避けることはできないのである。

第3 原発事故前の玉野地区における生活の実情

1 相馬市玉野地区は,昭和21年から入植して山を開墾し,田畑及び牧場をつくり集落を広げてきた。そのため,住民らは農業,林業及び酪農業に携わっている割合が多く,平成23年(原発事故前時点)においても,農業(兼業農家を含む。)が全戸数の約6割を占めている。
また,西に霊山,南に彦四郎山といった阿武隈山脈に囲まれた山間の地区であるため,日常的に山林に立ち入って山菜採りやキノコ取りを行っており,農業を営んでいない世帯であっても家庭菜園を行ったりしていた。山菜採り,キノコ取り,家庭菜園を行っている世帯は,申立人らの中でも約9割を占めている。
さらに,水についても井戸水又は沢水を使用していた世帯が6割を占めていた。玉野地区においては,第2区(玉野)以外には簡易水道の敷設がなされていないため,第1区(東玉野),第3区(副霊山)及び第4区(霊山)の住民は,井戸水ないし沢水を生活用水として利用しており,きれいで美味しい井戸水ないし沢水は,この地区の住民にとって誇りでもあった。
この豊かな自然環境を享受するために,退職後の生活として玉野地区を選択,地区外から移住してきた世帯もいる。
2 玉野地区の年齢構成をみると,50代以上が64%以上を占めており,逆に30代以下は26%程度にとどまっていた。しかし,若い世代が中心となり,盆踊り等のイベントや消防団を組織し,地域コミュニティを維持してきた。
3 玉野地区では高齢者が多い中,自らで育てた作物を地区外に住む子ども・孫らに送付し,それを喜ばれることに大きな生きがいを感じていた。家庭菜園の主たる動機が,野菜を子どもや孫に味わってもらいたいからであると言っても過言ではない。
また,玉野地区の住民にとっての家庭菜園は,このような親族への贈答に限らず,農産物を近隣に配ることで,近隣の付き合いの潤滑油的な役割も果たしているのである。
家庭菜園や山菜採りができなくなったことについて趣味の域を超えて生きがいと答えている世帯も7割を超えている。
4 過疎化が進行していた玉野地区では,年に数回里帰りしてくる子どもたちや孫たちと会うのを心待ちにしていた高齢者が多かった。
そして,このような里帰りに合わせて自治会を組織して盆踊りなどのイベントを用意しており,子どもたちや孫たちが帰ってくることは,本件地区全体の雰囲気を明るくし,地区全体に活力を与えてきたのである。
5 以上のとおり,玉野地区においては,家庭菜園,山菜採り,キノコ取りや井戸水・沢水といった豊かな自然環境が存分に享受できることは,単に自給自足の生活の糧を得るための手段であるとともに,生きがい,地域のコミュニティを維持する手段としての意義を有していた。
また,過疎化が進む中でも,地区に残る若い世代の力で地域コミュニティを維持し,さらに,里帰りは一家族のイベントにとどまらず,地域全体の活力を産み出すイベントとしての意義を有していた。
6 しかし,玉野地区の住民の豊かな生活は,本件事故により崩されてしまったのである。

第4 申立人らの精神的損害

申立人らがかかえる以下の不安やストレスは,放射能への漠然とした不安などという抽象的観念的レベルのものではなく,具体的な根拠に基づいた社会通念上合理性を有するレベルのものであり,それは玉野地区で生活する人間であれば誰もが抱える,賠償されなければならない性質のものである。
1 将来の健康に関する不安

2 従来の生活が営めなくなったことによる不安や苦痛

  1. 生業を続けられなくなった
  2. 家庭菜園ができなくなった
  3. 山菜・きのこも採れなくなった
  4. 害獣被害の増加
  5. 水を安心して口にできなくなった
  6. 薪も安心して使えなくなってしまった
  7. 若年層がいなくなり,地域生活に支障が生じた
  8. 子どもや孫が遊びに来なくなった
  9. 生活における不便が生じてしまった

3 不当な差別・偏見による不安や苦痛

  1. 家族の将来の結婚に対する不安
  2. 培ってきた事業上の販路が崩壊したことによる苦痛

第5 中間指針の記述及び解釈

1 中間指針は、「中間指針で対象とされなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものでなく,個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められることがあり得る」としていて、明記されていない損害も賠償の対象となることは中間指針が認めている。

2 本件請求における中間指針上の根拠
玉野地区は飯舘村や小国地区と比較して低線量ではない。小国地区等は平成23年6月に特定避難勧奨地点の指定の前提となる調査が行われていて、玉野地区は同年8月と2ヶ月遅れている。放射性物質の半減期やウェザリング効果による減少を考慮に入れる必要がある。
玉野地区の住民が日常生活上留意していることは特定避難勧奨地点と変わらず、放射線量が高いところで滞在し続けることに伴う精神的苦痛は何ら変わらない。本件申立人らの精神的苦痛は,特定避難勧奨地点に指定された者の精神的苦痛と同等であり,上記中間指針の記述の趣旨及び特定避難勧奨地点における慰謝料発生根拠からすれば,中間指針にいう個別具体的な賠償として,特定避難勧奨地点に指定された者の受ける賠償と同等の賠償が認められるべきである。

3 特定避難勧奨地点ではない世帯について実際に和解が成立していること

第6 精神的苦痛に対する慰謝料

以上のとおり,申立人らは,本件原発事故による高濃度の放射能汚染のために,仕事を奪われ,日常生活を阻害され,身体や生命の安全を脅かされ,将来への不安に苛まれながら生活をしており,本件原発事故により強いられた精神的苦痛は甚大である。このような申立人らの苦痛は,特定避難勧奨地点の指定を受けた住民らと何等異なるものではない。むしろ,指定を受けられず,経済的事情等から避難もできないために玉野地区内で生活を続ける申立人らの不安は,より深刻であり甚大であるうえに,指定を受けられなかったことによる精神的苦痛も加わり,現実には,指定を受けた人たち以上の苦しみを日々強いられているともいえる。
このような実情に鑑みれば,本件原発事故により申立人らが強いられた精神的苦痛に対しては,最低でも,特定避難勧奨地点の指定を受けた人々と同様,月額10万円の慰謝料が支払われるべきである。

Copyright(c) 2014 ふくしま原発損害賠償弁護団 All Rights Reserved./平成23年度社会福祉振興助成事業