原子力損害賠償紛争解決センターの現状に関する意見書

2012-09-03

原子力損害賠償紛争解決センターの現状に関する意見書

2012年9月3日

原子力損害賠償紛争解決センター 御中
ふくしま原発損害賠償弁護団
代表 岩渕 敬
代表 齊藤 正俊

1 平成23年3月11日の東日本大震災に起因する福島第一原子力発電所の原子力事故は、避難指示等により長期に亘る避難を余儀なくされ、その生活基盤が根底から覆された人々、あるいは高い放射線量下で生活するリスクを考えて敢えて避難した人々、逆に高い放射線量下にもかかわらず避難せず常に健康不安を抱えながら生活している人々等々、数え切れない原子力事故被害者(以下「被害者」という)を輩出し、かつ、原子力事故から1年5ヶ月経った今も、その被害がいつ収束するのか、予想もつかない状況にある。
しかも、原子力損害賠償紛争審査会が発表した損害賠償に関する中間指針(その後の「中間指針追補」等を含む。以下も同じ)は、多くの被害者にとって生活再建には程遠い極めて低い賠償額に抑えられているとしか思えない内容であり、従って東京電力株式会社(以下「東京電力」という)が、中間指針に基づいて賠償額を提示しても、その内容に不満を持つのは当然である。

2 貴原子力損害賠償紛争解決センター(以下「紛争解決センター」という)は、「原子力事故により被害を受けた方の原子力事業者に対する損害賠償請求について、円滑、迅速、かつ公正に解決することを目的として設立された公的な紛争解決機関」(「原子力損害賠償紛争解決センターの手引き」より)とされる。
ふくしま原発損害賠償弁護団(以下「ふくしま弁護団」という)は、紛争解決センターが原子力損害賠償紛争審査会の下部機関であるので中間指針に拘束されかねないこと、前記のとおり「公正」を謳っていることが東京電力の立場を必要以上に配慮するのではないか等の一抹の不安は感じつつも、紛争解決センターが被害者の立場を十分に理解した和解案を提示して東京電力を説得し、被害者が訴訟を提起するよりは、簡易・迅速に十分な賠償が受けられる機関となるのではないかと、それなりに期待し、東京電力が提示する賠償額に不満のある被害者は、紛争解決センターへの和解仲介の申立てをしてきた。
しかし、紛争解決センターが設立してからほぼ1年経ち、和解仲介の申立てに関与したふくしま弁護団の多くの団員の間では、紛争解決センターに対する期待は急速に凋んでいる。

3 ふくしま弁護団の紛争解決センターに対する不信の1つは、解決事案においても、和解仲介申立てから結論が出るまで7ヶ月を要する事案があるという手続の遅延である。このほかたとえば、
本年3月に申立て、8月下旬にようやく口頭審理期日が指定された事例(大熊町の4人家族の世帯、請求しているのは原子力事故から半年分だけであるが、第1回の審理期日開催まで5ヶ月もかかるのでは、被害者の生活を考えていないと言われても仕方がない。)

同時期に申立てて、紛争解決センターからの釈明に応じて代理人が本年6月中旬に準備書面と証拠を提出したものの、その後本年8月半ば過ぎまで紛争解決センターから何の連絡もない事例(事故時いわき在住の母親と子供3名の世帯で、自主避難し、円形脱毛症を発症した被害者)がある。

以上は個人の損害の遅延の場合であるが、事業者の営業損害の場合は遅延が更に目立ち、あまりの進行の遅さに、被害者が業を煮やし、直接請求に切替えるために和解仲介の申立てを取下げた例があり、紛争解決センターに和解仲介の申立てを勧めた代理人と依頼者との信頼関係にヒビが入り兼ねない状況にある。

紛争解決センターによれば、平成23年9月1日からの和解仲介の申立ての受付開始から平成24年7月31日まで3,398件の申立てを受付け、既済が679件で、その内訳は全部和解が369件、和解打切りが129件、申立ての取下げが181件とのことであり、既済の45%が和解成立に至らず終わっていることが明らかになった。また、和解仲介の申立てから終了まで、通常6~7ヶ月かかっている現状も紛争解決センター発表の資料から読み取れる。ともかく和解仲介の申立ての取下げのうち、手続の遅延を原因とする取下げが、相当数あるように思われる。

紛争解決センターも手続の遅れについて危機感をもち、努力をしていることは承知している。たとえば、直接請求した際には東京電力が争わず、被害者が立証しなくてもよかった事項が、和解仲介手続き中では、争点として突如顕在化し、被害者が被害の立証を求められてきた例が多かったが、今回直接請求で認められた項目は立証不要とした点は評価してよい。また、和解仲介委員や調査官の増員を図っていること、東京電力に対し不当な引き延しについて苦言を呈したこと等もあり、手続の遅延については一定の改善がなされる可能性はある。しかし、これらの改善策のみで、ふくしま弁護団の紛争解決センターに対する不信が払拭されるとは思えない。

被害者が紛争解決センターに和解仲介を申立てるのは、東京電力が提示する損害賠償額あるいは賠償の拒否に不満があるからに他ならない。紛争解決センターは、中間指針に記載された賠償額を上回る場合として総括基準を発表しているが、これは中間指針の墨守を大前提として、被害者の損害に相当因果関係が認められる限り、中間指針の上積みを認めるという構造であるから、被害者は原則として厳密な立証をせざるを得ず、その立証が困難な場合も多く、また立証可能としてもそのためにいたずらに時間がかかる結果となっている。

たとえば、多くの避難指示による被害者が1ヵ月10万円の慰謝料額は余りにも低額であると不満をもっている。しかし、大部分の人々は生活を維持する必要から、増額請求をあきらめ東京電力の提示する1ヵ月10万円の慰謝料額に甘んじている。諦めず和解仲介を申立てても、総括基準の慰謝料増額事由に当たらない限り、慰謝料額の上乗せは期待できず、かつその増額事由に該当するとの認定は厳しい。また生活費増加分についても、直接請求した場合には東京電力が簡単に認めているのに和解仲介手続では過度な立証を求められ、和解仲介を委任した被害者が、直接請求した被害者が早く賠償を受けているのに、和解仲介の場合は何故こんなに遅れるのかと代理人に不満をぶつける例も多い。そして、苦労に苦労を重ねて立証して、ようやく僅かの上乗せの和解案を獲得しているのが現状であり、被害者にとっては満足には程遠い内容であるが、やむを得ず和解案を受諾しているのが実情である。

いわゆる自主避難者の損害賠償については、紛争解決センター発表の和解事例を見る限り、まさに死屍累々であり、中間指針に示された賠償額を超える損害賠償は殆ど認められないと言わざるを得ず、自主避難者は紛争解決センターに和解仲介の申立てをするなと言っているに等しい。

また、中間指針に記載されていない事項でも、被害者にとっては切実な損害は当然ながら存在する。ところがこのような事項についての和解仲介の申立てについては、紛争解決センターは東京電力を説得できないと考えているせいか及び腰であり、和解案を示さず打ち切ろうとしているとしか思えない態度を示している。

ふくしま弁護団が関与した事例では、本件原子力事故により勤務先が閉鎖されたため、永年努力して得た正社員の地位を失った被害者による慰謝料請求について、和解による解決が困難であるとの理由で、和解案が示されないまま打ち切られた。ふくしま弁護団は、このような請求が認められないとは思っていない。紛争解決センターは、東京電力が受諾するかどうかを慮ることなく和解案を示すべきだったし、被害者の請求が認められないと判断しているならその理由を示すべきであった。第27回原子力損害賠償紛争審査会において、紛争解決センターの野山和解仲介室長は、和解打ち切りの9割程度は訴訟提起しても却下されると思われるケースであると発言したようであるが(日弁連作成の速記録による)、この事例を見る限り、中間指針に記載されていないから被害者の請求に対する判断が困難なので結論を回避しただけにすぎず、これでは紛争解決機関とは言えない。

このように、ふくしま弁護団の多くの団員が、現状の紛争解決センターに和解仲介を申立てるメリットに疑問をもっている。
ふくしま弁護団は、紛争解決センターが被害者の損害の立証の簡素化を可能な限り図るとともに、被害者の立場を十分に理解し、中間指針、総括基準では被害の回復には不十分であることをきちんと認識して、被害の実態を踏まえ、基準に束縛されない自主的な判断により和解案を速やかに提示することを強く要望する。

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